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阿漕に30からも女というのなら。

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エゴスプリットし続ける自分も愛し、自我分裂快楽主義者としての自分を確立しよう。揺るぎ無い主義として。斜に構え心に浮かぶウタカタをしばし沈思黙考。音楽で清め文学に溺れる。どれもこれもホントの私。

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昨日、友人の誘いでペルー音楽なるものを、某ブラジル料理店まで拝聴してまいった。
店に居合わせる者、見渡せば関係者、みな身内ばかりで、演奏をうっとりと聞きほれておるのだ。料理店だというのに、料理に手もつけず、飲み物にも口もつけずに。
私は、言葉がわからんなら、リズムで音で音楽を楽しもと思ったんだが、一人がギター一人がギターORウクレレ笛を交互にやっておって、これが全くノレぬのだよ。
私は低音・打楽器が好きなもんでね、いい音楽なのだろうけど、私は好きになれず、またその場で決まりきったような手拍子を店におる者と共に打つ気にもなれず、ブラジルソーセージをちゃかちゃかとナイフで細切れにし、それを喰し、ココナッツの匂いのする甘い酒をストローでちゅうちゅうと飲んでおったのさ。
大したステージではなく、ペルーじゃ「ゆず」的(笑)かも知れぬが、メッセージ性っちゅうても、題名からして「リンゴ」←私にはそう聞こえるのだが、とつく歌ばっかじゃないかいって。
ははは、またリンゴですよって連れてきて頂いた友人に言うと、
「リンゴが名産なんですよ、きっと」って本当ですか?

まぁただただ早く帰りたいばかりのライブであり、そんなん初めてっすよ、ワタシ、音楽好きだし。本当に彼らはミュージシャンなんだろうか?
音楽やる者、楽器をやる者って点からすりゃ、ミュージシャンって言って間違いはないさなぁ。
私達がライブハウスでガンガンに踊っとった時でさえ、千円程度でくたくたになれるまで楽しめたっていうのに、二千円で、自分がその場に融けこめず、身内ノリの雰囲気まで壊して申し訳ありません、みたくな気分にまでなり、さらにイライラした。行かなきゃ良かったよ、全くモウ。

土日で又、短編を一つ作り上げましたよ。第10話位まで、出来あがって後は最後のクライマックスに取りかかっておりますよ。あーあと題名ねー、ナンにするかな?「底」って単語を入れたいなあ。今日、一日考えて明日から少しずつ載せてみようかしらね。
今、書いておるものを途中にしてまで急に書きあげた作品。
どうだろな、私の思い描く風景・光景がうまく言葉にできて、それが読んでくれるであろう方々、ブラザー&シスター達に少しでも似た「画」が感じれるものにしたいのであるよね。今回はそれを成功としね、ついでに短編2編で挑んでみるかなと。
結局、その時に得る事のできたインスピレーションを後で思い出して書こうなんてできないから、こうやって二つのモノを同時進行させてしまうという結果となっておるのであって。
そんなインスピレーションを後でリアルに思い出せる方はとても羨ましいっすよ。
集中力の差っすかね、ははは。
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by itsme.itsumi | 2005-02-28 20:25
ピストルズの魅力を一言でいえば「詐欺」である。「女王陛下糞ったれ」と歌い、即座に自ら「あんな曲を流すとは何ごとだ」とラジオ局に抗議の電話を入れる手法は、まさに痛快なロック詐欺。が、劇場型犯罪者が犯行声明を出す誘惑に勝てないように、彼らは次々と自らの手法を自分でばらしていった。それもまた痛快とも言えるが、犯罪者としては脇の甘さとも言えよう(それだけマルコムの、ニヒリズムという名のロマンが本物であった証明なのだが)。
翻って日本のパンクの雄・ブルハは、ピストルズとは真逆、「誠実」という戦略で人気を獲得していったが、自らその手法をばらす甘さは微塵もみせなかった。
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by itsme.itsumi | 2005-02-26 20:39
吐く事ばかり考えていた。

吐くか吐かぬか。

吐くのは簡単だ。喉の奥のほうまで深く指を突っ込むだけでいい。

目を瞑っても世界は回らない。吐けば楽になるのだろうけど。

自分の体の中から沸き起こる
さっき摂取しまくった食べ物、薄汚い場末の便器、笑うしかないその場限りの猥談、
嗅覚に視覚に味覚に訴えて、吐き気をもよおす。

自転車を真夜中に立ち漕ぎしながら
聞こえてくるのは、はぁはぁという自分の吐く息の音だけ。
寒さでこめかみあたりがずきずきと痛む。

吐く事は容易なのだが、吐く事すら面倒臭く且つ吐く行為そのものにかかる体力の消耗を考えると、吐くか吐かぬかという二択にすら答えに窮しておるのであり
熱いシャワーを全身に浴びながら、何てこったいと呟いた今宵。

部屋のストーブを着けると、現在摂氏6度。

早くベットに横たわり、惰眠にかまけたい金曜の夜であった。
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by itsme.itsumi | 2005-02-26 20:29
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ドブネズミみたいに美しくなりたい 写真には写らない美しさがあるから ドブネズミみたいに誰よりもやさしい ドブネズミみたいに何よりもあたたかく
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by itsme.itsumi | 2005-02-25 00:10
ただコソ泥と僕が若干違うのは、僕は何も盗んでいない、むしろ盗まれた側にあるという点だろう。僕は、今夜ほぼ完璧に盗み尽くされてしまった。形が無いから大事にしていたものの全てを盗まれてしまった。疲れ果てて小きざみに埋めて行く、家路の一歩一歩を、あるいは一瞬立ち停まって眺める、自分の家の夜ごとの窓明かりを、そしてその中の温気を。喰物の匂いと、犬の無き声と、すり寄ってくる卑怯ものの猫と、似たり寄ったりの愚痴と、新聞と、泥酔と、失神に近い眠りと、覚えられない夢々と、TVと、TVが終わった後のシャーッという雑音と、酒屋のツケと、修理しなければいけない機械類と、明日喰わされる筈だった挽き肉と、僕が埋めていた空間と、静寂と、静寂をふちどっていた嬌声と、本と、手紙と、悪ふざけと、収拾がつかなくなったままベッドの中で腐りかけている論争と、まだ名づけられていない感情の数々と、そして詩と。それらの全てを僕は盗まれてしまった。盗まれてしまったことに対する哀しみさえも盗まれてしまった。では、盗っ人は誰なのか。僕はしらない。盗っ人は盗っ人自身によって盗まれてしまっているからだ。
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by itsme.itsumi | 2005-02-24 21:39
日常的静寂さを無理やりに切り裂いて、クワァカッツカッツカッツァァァカツカッカッァァァ、てろんてろんとA4の白い用紙が吐き出され、廊下に垂れ流され、電話機の一角に砂糖の山、一袋分くらいの白きやわらかな山ができる。

FAXだ。

私宛ではない、母親の属する山クラブ(登山サークル)で、月一回発行されている某会合誌が会合誌として製本され会員に配布される前に、同じモノが、FAX機能付き家庭電話を所蔵する者にFAXで届くのだ。

ご苦労なこった。同じモノをあらかじめFAXで送信するのだから。
私には理解不能の月一行動だ。
そして、その内容も全くもって理解不能、共感・共鳴皆無。

自己陶酔的「誌」なのだよ、これが。

大体、そのFAXの山を私が第一発見者となり、母親に手渡す、又来たよ、今月もナルシスト、はい、と言い放ち手渡す。

自分の書いたものに理解など私は求めちゃあいないから、その会合誌を目にすると、毎度こっちが恥ずかしくなってしまうのだ。しかもそれが人生訓的なものときた日にゃあ不愉快さは最高潮に達し、たはっと鼻で笑ってしまう。
親にそう告げると、私のことを人非人・人でなし・性格わるっと言われるのだけれども。
言わずにはおれぬシロモノなのだ。
なんでもその会合誌を山登りの移動のバスの中なぞで本人自ら声高々に、読んであげましょ、となり最後には感極まって涙ぐむという気色ワルッ始末らしい。
近々、自費出版し、会員の者に配布予定、暑苦しい限りだ。
書いている本人が自己陶酔型の人なのだから、さぞ満足気にFAXを送信する製本して郵送する朗読などもするのであろう。母親の話しによると、誰もその会合誌が届いても、真剣に目を通さぬらしい。

私の書いているものも文章力も乏しく、くだらない戯言や戯けた物語の断片、訳のわからぬ日常的記録、くさった思考、傲慢な物言い、けっして他人には理解されない外道の城。その点では自己陶酔型のその方の書かれたものと扱いは大差はない。
違うのは、理解されたい・分かって欲しい・生きる希望・勇気・愛を伝えたいなどこれっぽっちも望んでいない点であろう。

前にも書いたように「安易に理解できる『理解』というものは餓鬼をあやすお菓子に似ている」と考えるのでこの後に続く言葉は「私はいつでも思い出す事ができる女にはなりたくない。嫌われても憎まれても忘れられない女になりたい」のだ。

むずがゆくなるような、あつくるしいもんは書く気にはなれず、そもそも精神的にPUNKなのだから、人に教えを説くなど崇高な精神を持ち合わせてないのだから、到底書けぬ。
たははと笑いながら書きたいのだね。
まさに今、この気分に合致するフレーズはピート・タウンゼンドの
「誰にも期待はしないが、誰一人許さない」であろう。

私はエゴイストで結構だぜ、イェイ、JAH!
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by itsme.itsumi | 2005-02-24 21:17

「どうも負ける気がしねぇ」

そう、負ける気がしねぇ。ノルかソルか。

絶対にビット。

乗りましょ、その話し、やりましょ、それ。

普段から変わり者と言われる、いや個性的だとか自分でヌカシてんじゃなく、私をそんなに高くかってくれるんなら、やりまひょ、やろやろ。
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by itsme.itsumi | 2005-02-22 22:13
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騒ぎ立てる鳥の群れ 傾いた秒針追って
南風はどこだろ? 君は探す
戸惑いなく晴れる空 光咲く水辺は花
ポケットに手を突っ込んで 君と歩く

ガラスの国に迷いこんだ 僕の心は見透かされる

君をもっと 愛をもっと 欲しいのさ
背中までいっぱいで 眠くなるような
声がもっと 聞きたくって 近づいた
手のひら合わせたら 世界が巡る

木枯らしと枯葉の舞 かさついた両手の先
クリームを摩り込んで 君が笑う
時が止まればいいなって 真剣に僕は願う
伝えたいと思うけど 少し照れるな

鏡の国に迷い込んだ 僕は心と向き合うのさ

君をもっと 愛をもっと 欲しいのさ
背中までいっぱいで 眠くなるような
声がもっと 聞きたくって 近づいた
手のひら合わせたら 世界が揺れる

陽だまりの中 あくびがふたつ重なって
真似したでしょと ふざけたりして

君をもっと 愛をもっと 欲しいのさ
背中までいっぱいで 眠くなるような
声がもっと 聞きたくって 近づいた
手のひら合わせたら 世界が変わる
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by itsme.itsumi | 2005-02-22 21:33
恋は3ヶ月後、と去年から決意して、やっと解禁するかいな、というまでが前回の話しだったんだよね、だよね、DAYONE、ってそういや、んなラップがあったっけ。
でだ、愛よ!恋よ!男よ!セックスセックス!と春に向かってサカってみようと思っていた矢先に結構、重要な人生の岐路を迎えるような出来事がありそうだ。
ありそうだ、と書く事は、まだ差し迫ってないからだけであって、あーぁ身の振り方を今一度、真剣に考えて、自分と向かい合わなければならないようだ。

もったいぶりやがって…
なんの話しだよ!?って思うよね。

もったいぶってる訳じゃなくて、単に答えが出せない状況にいるんだよ、マジで。

でも、こう書いていても既に私の心は文章とは裏腹に、答えは出てるんだと思う。

大体、悩みなんちゅうものは、相談する時点で答えなんかはもう、決めておるのであって、それを確定するため、後押しするために、相談するのであるから、答えなぞはもぅ出ておるのだよね。だから私はイエスというし、力になれるんなら、と昨日から資格取得の勉学に励んだりしておりますよ。

えー、私は頭は悪くないし、というんで、時々、色んな仕事の話しがあるさ。

仕事は仕事で、私は仕事には生きたく活きたくないわけでして、
だから今の職は、条件と家の近さだけでやっておるし、別に義理もナイよ。
ただ生活の為、趣味の時間が容易に確保できるという点だけだけれども。
どもどもどもども、
時間がいくらあっても足らぬ。

あれもしたい!これもしたい!もっとしたいもっともっとしたい!

週末から「南風」よく歌っております。

♪君をもっと 愛をもっとほしいのさぁああー♪

まぁやるだけやるか。

「やって後悔するか、やらずに後悔するか」

悩んだときはこの言葉を必ず思いだす。

ガンガンやるぜっ!
ガンガン書くし、ガンガン読むし、ガンガン勉強もやってやるぜ。

もぅガンガンよー。ついでに男もガンガンやるわよ、こうなったら。かしこ。イエェ。
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by itsme.itsumi | 2005-02-21 21:05
つまり個性の教育は子供に、我慢・辛抱・忍耐なんてちゃんちゃらおかしいよ、そんなものは個性を抑圧するだけで百害あって一利なし、やりなさい、やりなさい、こんなんでも、あんなんでも、と言ったも同然で、以前であれば、ジプシー・ローズは酒に溺れて舞台で死んだ、初代柳屋小せんは腰が抜けためくらになった、シド・ヴィシャスは麻薬中毒になり果てて晩年は文無し、芸人の末路なんて哀れなものだよ、などと考え、才能のある人でさえこの体たらくである、況や俺においてをや、やはり堅気が一番だ、と考えた人が、俺には俺の、他の人とは違う際だった才能があるのだ、したがって世間の個性のない奴らと同じ仕事など阿呆らしくてできん、俺は俺の個性を遺憾なく発揮できる仕事をする、などと嘯き、そこでみながみな思いつくのは、冒頭に申し上げた、エンターテイメント関係の仕事、これだよこれ、と個性的な人々がこぞってエンターテイナーを目指すのであるが、考えてみれば、みながそう考えるということは、それはちっとも個性的と言えぬのであって、むしろ、こんな没個性的な選択はないとも言え、こうして、個性的であることを目指して没個性的な選択をついしてしまうということは、まったく皮肉な現象であるといえ、そういう人材が殺到するエンターテイメントの社会というものは、辛抱・我慢ということがまるでできない、しかし、自分には特別の個性。才能があると思い込んでいる凡庸な人の集団であるといえ、むかし流行った歌になぞらえて言うならば、馬鹿と阿呆の絡み合い、間抜けとぼんくらの呪い合い、猿と鳩のトークショーのようなものであるのである。
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by itsme.itsumi | 2005-02-19 22:42

by itsme.itsumi