人間失格2
またもう一つ、これに似た遊戯を当時、自分は発明していました。それは、対義語《アントニウム》の当てっこでした。黒のアント(対義語《アントニウム》の略)は、白。けれども、白のアントは、赤。赤のアントは、黒。
「花のアントは?」と自分が問うと、堀木は口を曲げて考え、
「ええっと、花月という料理屋があったから、月だ」
「いや、それはアントになっていない。むしろ同義語(シノニム)だ。星と菫だって、シノニムじゃないか。アントでない」
「わかった、それはね、蜂だ」
「ハチ?」
「牡丹に、…蟻か?」
「なあんだ、それは画題(モチイフ)だ。ごまかしちゃいけない」
「わかった!花にむら雲、…」
「月にむら雲だろう」
「そう、そう。花に風。風だ。花のアントは、風」
「まずいなあ、それは浪花節の文句じゃないか。おさとが知れるぜ」
「いや、琵琶だ」
「なおいけない。花のアントはね、…およそこの世で最も花らしくないもの、それをこそ挙げるべきだ」
「だから、その、…、待てよ、なあんだ、女か」
「ついでに、女のシノニムは?」
「贓物」
「君は、どうも、詩《ポエジイ》を知らんね。それじゃ、贓物のアントは?」
「牛乳」
「これは、ちょっとうまいな。その調子でもう一つ。恥。オントのアント」
「恥知らずさ。流行漫画家上司幾太」
「堀木正雄は?」
この辺から二人だんだん笑えなくなって、焼酎の酔い、独特の、あのガラスの破片が頭に充満しているような、陰鬱な気分になって来たのでした。
「花のアントは?」と自分が問うと、堀木は口を曲げて考え、
「ええっと、花月という料理屋があったから、月だ」
「いや、それはアントになっていない。むしろ同義語(シノニム)だ。星と菫だって、シノニムじゃないか。アントでない」
「わかった、それはね、蜂だ」
「ハチ?」
「牡丹に、…蟻か?」
「なあんだ、それは画題(モチイフ)だ。ごまかしちゃいけない」
「わかった!花にむら雲、…」
「月にむら雲だろう」
「そう、そう。花に風。風だ。花のアントは、風」
「まずいなあ、それは浪花節の文句じゃないか。おさとが知れるぜ」
「いや、琵琶だ」
「なおいけない。花のアントはね、…およそこの世で最も花らしくないもの、それをこそ挙げるべきだ」
「だから、その、…、待てよ、なあんだ、女か」
「ついでに、女のシノニムは?」
「贓物」
「君は、どうも、詩《ポエジイ》を知らんね。それじゃ、贓物のアントは?」
「牛乳」
「これは、ちょっとうまいな。その調子でもう一つ。恥。オントのアント」
「恥知らずさ。流行漫画家上司幾太」
「堀木正雄は?」
この辺から二人だんだん笑えなくなって、焼酎の酔い、独特の、あのガラスの破片が頭に充満しているような、陰鬱な気分になって来たのでした。
by itsme.itsumi
| 2005-04-05 21:35